デス・オーバチュア
第283話(エピローグ12)「闇の赤十字」




夜の空から舞い降りる、ひとひらの赤い羽。
「…………」
次いで夜闇の彼方から現れたのは、巨大な鮮血の翼を持つ黒い『天使』だった。
羽ばたく鮮血の双翼は深く暗い赤でありながら、透き通るような輝きがある。
天使はとても小柄な少女で、ボリュームのある青髪のボブカットに、鮮やかな赤い瞳をしていた。
最後の悪魔(セブン)である。
異形の化け物と化しネツァクによって一刀両断されたはずの彼女は、暗き天使の姿で地上へと降り立った。
「…………」
化け物へ転じる前の人型(悪魔)と、今の人型(天使)の最大の違いはその鮮血の双翼だが、それ以外にも微妙な差異がいくつかある。
正十字架の飾られた赤いネクタイが無くなっており、その代わりのように、深闇のワンピースの胸元に直接、赤い大きな正十字が刻まれていた。
それに伴ってか、ワンピースの青かった刺繍や模様も全て赤へと色を変えている。
「禍々しい天使も居たものだ……」
「……!」
セブンが声のした方を振り向くと、フードの人物が黒布で包まれた巨大な十字架のような物を担いで立っていた。
「正体不明……不確定要素……」
鮮血の双翼を羽ばたかせて、セブンは空へと舞い上がる。
「……排除決定」
セブンは両手を横に伸ばし、全身で『十字』を表現した。
「ふっ……」
フードの人物は背負っていた『荷物(巨大な十字架のような物)』を右手一本で軽々と、自分の前面へと投げ降ろした。
大地に突き立つと同時に黒布の包装は解け、青を基調とした装飾の施された巨大十字架が姿を現す。
「消去!」
全身を赤く輝かせ巨大な『正十字』と化したセブンから、膨大で超高出力の赤光(破壊光)が放射された。
「血(赤)の十字架か……」
巨大十字架の装飾が青く光り輝き、自らの前面に透明な力場(フィールド)を形成し、降りかかる赤光を遮断する。
「大した魔力だが……温いな……その姿では神の劫火(メギドファイア)は使えないのか……?」
「…………」
効果無しと判断したのか、セブンは赤光の放射を止め、さらに上空へと飛翔した。
「逃げる……わけではないか」
突然発生した青い炎の群が、セブンの後を追うように空へ空へと舞い上がっていく。
「青い鬼火……人の魂か……」
「生贄……強制搾取……」
セブンの頭上に、夜空を埋め尽くすかのような超々巨大な青炎の魔法陣が描き出された。
「うっ……?」
物凄い勢いで、数え切れないほど大量の人魂が、夜空の青炎の魔法陣へと吸い上げられていく。
「この島の全ての死者の魂を喰らう気か……いや……」
「やめなさい、セブン! こんな所で『本体』を喚ぶなんて……島の住人全てを喰らい尽くすつもりなの!?」
白煌の天使ファーストが姿を現すなり、夜空のセブンに向かって叫んだ。
「やはりな……生者も贄に『換算』しなければあの召喚陣は完成しない」
フードの人物は自分の推測が当たったためか、満足そうな笑みを口元に浮かべる。
「何を他人事のように……セブンは死者の魂だけでなく、生者すら躰(器)を焼き尽くし魂(命)だけにして吸い寄せることができるのよ! 貴方だって例外じゃ……貴方?……人の子じゃない?」
「人の子か……いかにも高次元生命体(悪魔)らしい呼び方だ……」
満足そうな笑みが苦笑へと変わった。
「……では、呼び直しましょうか? 混じりモノとでも……」
「大した眼力だ……ん?」
夜空に輝く青炎の魔法陣が人魂の吸引を停止させる。
「死者の魂を吸い尽くしただけで止めたの? でも、これじゃあ、偽骸(ギガイ)は喚べても、本体を現臨させるにはまるで足りない……」
一体どうするつもりなのかと、ファーストは夜空に浮かぶ妹の様子を仰ぎ見た。
「……偽骸……偽りの骸か……」
偽骸というのがおそらくネツァクに破壊された化け物(躰)のことだろう。
あの化け物も、今の人型も、彼女の本当の姿ではないのだ。
彼女の本当の躰は此処ではない何処か別の世界に存在している。
そして、この世界に喚び出すためには、国一つ分の魂(贄)を必要とするのだ。
「……魔装招来……」
セブンが右手を天へと掲げると、魔法陣から青き劫火が爆発的に噴き出し、彼女の姿を呑み込む。
「そう……『魔骸(マガイ)』は諦めて『魔装(マソウ)』だけにしたのね……」
ファーストが安堵の溜息を吐いた。
「…………」
青い劫火が消え、装いを一新させたセブンが姿を現す。
「なるほど、アレが彼女の正装……戦闘装束というわけか……」
セブンの深闇のワンピースの上に、妖しく煌めく黒曜の甲冑が装備されていた。
両手の袖口とスカート下から覗く鋭利な籠手と具足。
小柄な彼女には大きすぎる三重の肩当て、スカートの左右に張り付いた三段の装甲、胸甲は小さく文字通り胸だけを覆い隠していた。
「……魔装起動……」
セブンの呟きに応えるように、胸甲に赤い正十字の紋章が浮かび上がる。
「戦闘装束? 確かにその通りだけど、アレは普通の防具のように敵の攻撃から身を守るための物じゃない……」
「へぇ〜、じゃあ一体何のための武装なんだい?」
「あの魔装が何から身を護るための物か、何を使うのに必要な物なのか……すぐに貴方は知ることになるわ……その身でね!」
ファーストは言い終わるより速く、その場から飛び離れた。
「……接続完了……」
「何!?」
セブンが青炎の魔法陣の『中』から3m前後の黒い『長筒』を取り出すと、彼女の背面から伸びてきた一本のチューブが長筒に接続される。
「最低出力……標的固定……」
「くっ……!」
「放射!」
長筒から解き放たれた青き劫火が夜空を真っ二つに引き裂いた。



「…………」
セブンの眼下は全てが灼き尽くされ、何一つ残っていなかった。
当然、フードの人物やファーストの姿も無い。
「その姿(サイズ)で化け物の時と同等以上の破壊力とは恐れ入った……」
「……!?」
背後を振り向くと、浮遊する巨大十字架の上に一人の青年が立っていた。
白髪黒瞳、神父や牧師のような黒い聖職者の制服(カソック)。
年齢は17〜18歳ぐらいだろうか、全てを吸い込む深い闇のような瞳が特徴的だった。
「なるほど、その『長物』を使用する際の負荷や反動に耐えるための武装ということか……」
「っ……再……」
「遅い!」
「っぅぅ!?」
青年が右手を振り下ろすと同時に、セブンの胸甲が十字に切り裂かれ鮮血が噴き出す。
「間合いを詰められた時点で君の負けは決まっている……地に堕ちろっ!」
「う゛ううぅっ!?」
前方二回宙返りで間合いを詰めると、青年はそのまま回転の勢いと全体重をのせた右足の踵をセブンの脳天へと叩き込んだ。




巨大十字架に黒布が独りでに巻きつきだし、一瞬にして『梱包』が完了する。
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ」
青年は梱包を終えた荷物を担ぐと、悪魔の姉妹をその場に残してさっさと歩きだした。
「ええ……『手加減』してくれたことにはお礼を言うわ……ほら、セブン、すぐ済むから動かないで……」
「ぅ……痛……」
ファーストは、痛そうに後頭部をさすっているセブンの首に『正十字架の飾られた赤いネクタイ』を結ぼうとしている。
ネクタイがきゅっと締められると、胸元に浮かんでいた赤い大きな正十字と、背中から生えていた巨大な鮮血の双翼が消失した。
ちなみに、武装と長筒の方は地上に激突した際にすでに消えている。
「礼には及ばない。すでに封じられているモノをさらに滅しても面白くも何ともない……ただそれだけのことだ」
「…………」
「詮索するつもりもない、興味もない。元々、悪魔や天使は僕の対象外だ」
「……神父の姿をして言う台詞ではないわね……」
「フッ、違いない……」
青年は夜の闇の中へ溶け込むように消えていった。



「ちょ……何よ、この惨状は……!?」
クロスはクリアの森のあまりの変貌ぶりに、言葉もなかった。
「それに……なんで此処からだけ夜になってるのよ!?」
ここに辿り着く直前までは確かに昼だったはずである。
「ああ〜、やっぱりさっきの『天を裂く炎』は……の仕業だったんだね〜」
ベルゼブブは蠅のようにクロスの周りをせわしなく飛び回っていた。
「あら、ベルゼブブ……それに妹君も……」
ファーストは二人……特にクロスの姿を確認すると上品に微笑む。
「…………」
「えっ……何?」
セブンはファーストから離れ、クロスの傍までやってくると、赤い瞳でジィィィッと彼女を凝視しだした。
「…………」
「……えっと……?」
「……………………っ!」
「きゃあっ!?」
見つめ合うこと、約三十秒。
いきなりセブンがクロスにガバッと抱きついてきた。
「あらあら……」
ファーストはその様子を微笑ましそうに眺めている。
「あらあら……じゃない! 何なのよ、あなたの妹……つぎゃあああああっ!? 折れる折れる! 腰がああぁぁぁぁぁぁっ……!」
「わぁ〜、本気で気に入られたみたいだね、クロス。魔……セブンちゃんのお眼鏡に適うなんて凄いことだよ〜」
「メ……メガ?……ねえええええええええええぇぇぇぇぇ!? 骨が砕ける砕けるぅぅぅぅ〜っ!!! いぎゃあああああああああっ……!?」
クロスの悲鳴と背骨の砕け散る音が辺りに響いた。



「ほう、ここから昼なのか……」
黒布で梱包された巨大十字架を背負った青年は、『昼』のクリアの森を歩いていた。
つい先程、昼と夜の境界を超えたばかりである。
神火によって焼き尽くされた『夜』のクリアの森と違って、こちらの森は健在だった。
昼夜の境界が空間を隔てる結界のような働きをしたのか、神火の被害はここまで及んでいない。
「文字通り子供扱いでしたね」
「……んっ?」
眼鏡の少女が木々を背に座り込んで本を読んでいた。
ライトグリーンの長髪で十本近い三つ編みを作り、清潔な白いコートはボタンだけでなく詰め襟まできっちりと止められている。
「……幸福な結婚?」
青年は少女の呼んでいた本の題名を読み上げた。
「……悪い?」
少女は頬を染めて恥じらうような素振りを見せると、本を閉じて立ち上がる。
「何が?」
「解らないならいいわ……初めまして、エセ神父さん。わたしは発明と発見を司る悪魔ベルフェゴール……あなたの御名前は?」
「先に名乗られてしまっては名乗らないわけにもいかないか……サファリング……サファリング・パッショーネだ……よろしく、悪魔のお嬢さん」
青年は苦笑を浮かべた後、あっさりと名乗り返した。











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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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